マグネットぷっちん★旅行記とご当地マグネット

旅行記とその旅先で購入したマグネットをご紹介。

カテゴリ: ▼ヨーロッパ マグネット

今回のマグネットは
ルーブル美術館の夜ver.です。

今回のヨーロッパ周遊旅行で
最後のマグネットとなります。

ちなみに
昨日紹介したマグネットもルーブルのもの。

こちらの方が好きハート
じゃーなんで「夜ver.」を買ったかって?
そりゃーマグネットらばーちゃんだからですよっ!

今回の旅の、観光及び買い物は全て終わりました。

パリから羽田へ。

今回の旅はまるで20代の動きで
そりゃーもう疲れまくり。
落ち着く前に移動…落ち着く前に移動…みたいな。

しかも私は、次の日会社でした。
忙しかったところからの流れで
精神的にはノリで行けたのですが
体力が全然ついてこず、
食欲はないし、いっつも眠いし
時差ボケにも悩まされました。

でも、本当に充実した8日間になった。

カメラもちょっとは上達したかな?
読んで下さった皆さんが「行ってみたい」って
思ってくれる旅だったかな?

まー怖いのでその返事はいりませんが、
本人が大満足だったので良しとします。

そして・・・
暫く、長距離旅行は遠慮します。
次はグアムか、台湾でお願いします土下座

…ということで、
今回の旅で購入したお土産をさくっとご紹介。

まずはポーランド編。
ポーランドで購入したポーリッシュポタリー (ポーランド食器)

ほっとするデザインですよね。
⇒ポーランド・クラクフショッピング編

模様がかなり色々あって
随分悩みました。

こちらの柄は結構オーソドックスらしいです。

帰国後、仕事をしている最中に
旦那から一枚の画像が送られてきました。

これです。↓

梨花が同じようなポーランドの食器を
お店で使ってました。

しかも2013年とかの写真…ショボーンしょぼーん

いやいやいや手
私は真似をしたワケでもござーせん。
あしからずでございます手

ついでに購入したスプーン。

どの旅でもスプーンばっかり買ってる。
手頃だし持って帰りやすいからなのだけど。

ちなみに、プチプチにくるんだあと、
ラッピングまでしてくれました。

新聞紙はよくあるけど
海外でこんなかわいらしいのって珍しいですよね。

機内持ち込みにはしましたが
割らずに持って帰ってくることができましたよ。

クラクフ空港で買ったチョコ。

アーモンドたっぷりで中々美味しかったです。
⇒空港のチョコレート屋さん

同じお店で購入したヘーゼルナッツチョコ。

こちらは、ヘーゼルナッツがびっくりするほど小さくて
いまいちでした。

ホテル横のスーパーで購入した栗のチョコ。

セールで80円とかで販売してたので思わず。。。
栗感は特にないですが、チョコそのものはとても美味しかったです。
この値段で、この味なら合格ですね。
⇒クラクフのスーパー

いつものピスタチオ。

剥きやすく、塩味も強いので
お酒のお供には最高ですね。

ポーランドのお味噌汁的「ジュレック」の素。

こんなに酸味が強かったっけ?
と思うほど、酸っぱかったですね。

ここからは、パリのお土産です。

スーパーで購入できる
ジョエル・ロブションプロデュースのコンソメ。

まだ使用していないのですが、
お土産には大人気なんだって。

生ハムサンドを食べたお店で購入したパテ。

1ボックスで4個入り。
どうやって食べようか迷っているうちに
数週間が過ぎました。汗

フォアグラのテリーヌかな?多分。

これも王道の「クラッカーと共に」で良いのか
迷っていて封を開けずにおります。

トリュフ専門店の塩。

メゾン・ド・ラトリュフというブランド。
こちらはトリュフの塩なんです。

オリーブオイル、バターを溶かしたフライパンに
ほうれん草を炒め、茹でたパスタを入れた後
このお塩をかけて頂きました。
トリュフの香りが強く、美味しかったですよ。


モンサンミッシェルの名物サブレ。

モンサンミッシェルには行ってないんだけどね。
オススメお土産一覧に載ってたので買ってみました。
普通のお味でした。可もなく不可もなく…。

MONOPRIXスーパーのクッキー

こちらはお土産に。

スナック。

ちょっとスパイシー。
かなり味が濃いのでお酒のお供に。

スナック2

かる~いスナック。
昭和のお菓子って感じでした。

またまたスナック。

チーズ味のクラッカー。
特別美味しいという感じではなかったけど、
意外とペロリ頂きました。
子供は好きだと思う。

最後に色んな国の
色んなお店のコースター。

行ったお店、全店から持ってきてたら
もっとあったんだけどな~。
途中から思い立ったので中途半端です。

まーそんな感じ。
あ、あとはリモワのスーツケースですな。

明日は、最後の最後に、旦那が買ったお土産を紹介します。

今日はフランスはパリのルーヴル美術館のマグネット。

これ、結構好きです。
色んなお店でマグネットを探してましたが
これは私が購入した店舗でしか販売されてなかったですね。

最後の観光へ。
まずはルーブル美術館。

以前、中に入っているので
今回は外側だけ撮影。

この▲も久々です。

前回は冬で極寒だった記憶。
写真もほとんど撮ってないので凍えてたんだと思います。w

あったかいと観光も楽しいです。


三角の下の部分も一応行っておきました。

3度目だとさすがに感動はない。

マドレーヌ寺院。

マグダラのマリアを守護聖人とするカトリック教会。
これで今回の旅の観光は終了となります。

ここからはショッピングタイム~。
流行の発信地、コレット。

入口しか撮ってないや。
ビビっとくるものがなく、何も買いませんでした。

ってか未だにコレットは流行の発信地なのですか?
もう違うような気がしてるけど、どうなんだろう。

ギャラリー・ラファイエット (Galeries Lafayette)


キューポラ(丸天井)は見ごたえあり。


ここの、メゾン&グルメ館「ラファイエット・グルメ」がオススメです!

わりと最近リニューアルオープン。


日本のデパ地下みたいに
欲しいものが全て揃ってる空間でした。

生ハム。
この日はたんまり食べていたので
食欲はわかず。

ここでポワラーヌ (poilane)のクッキーを買いました。

通常、箱入りなのですが、
ここではビニール袋に入った
若干お買い得なクッキーが買えます。
自宅用のお土産なら良いですよね。

と言っても、写真にある1袋が8ユーロとか・・・。
クッキーごときで高いっ!

その他色々、お土産をゲットできます。

チェコ→ドイツ→ポーランドと来ましたが
荷物を増えることを懸念して
お土産をほとんど買ってなかったんですね。

一番物価の高いパリで爆買いしちゃったってゆー。
※たくさん買った気がしていましたが
カードの請求を見たらたったの4000円でした。w
4000円で爆買いなんて書いたら
中国人に笑われる。


ここから少し移動します。


マドレーヌ駅。


駅構内のこの丸みが好き。

分かるかな?

別の駅だけど、分かりやすい写真です↓

トンネルっぽいってだけで
なんか素敵ね。

目的地はmerci。

コレットの次に流行発信地になった
セレクトショップです。

3年くらい前がピークでしたっけね。

赤い車がシンボルになってます。

店内。

オシャレですね。

でも「欲しいな~」と思ったものが
メイド・イン・ジャパンの率高し!

オサレおフランス人がいっぱい。

結局、何も買わず。


3年くらい前までの私なら
絶対何か買ってたのに。
だいぶ大人になりました。


本気で欲しいと思ったのはこちらの壁紙。


高いし、重かったので断念しました。

オサレすぎてワロタ。
この後、フライトの時間になったので
空港へ向かいます。


フランスはパリにあるエトワール凱旋門のマグネットです。

左の門のようなものは
地下鉄への入り口かな?
教えて分かる人 Part.2!!!
このタイプのマグネットは
4つで10ユーロとリーズナブルでした。

旅行記の続きです。
生ハムサンドウィッチでお腹が満腹になったところで
世界で最も美しい通りとされる、シャンゼリゼ通りへ。

おのぼりさんがいっぱいお茶してます。

シャンゼリゼ通りの真ん中から凱旋門を写してみる。

ちょっと遠いね。

若干近づく。

バランス的には良いけど、
車が邪魔ね。

わらわら居る中国人に負けないように
一番前をゲット!(結構戦いだった。笑)

車がほとんど写りませんでした。
でも近すぎる?
凱旋門だけだと、なんだろね。味気ない。

写真を勉強し始めて分かったけど

建物そのものだけって
ちょっと物足りないんだよなぁ。


話変わるけど

どーでも良いことを一つ。

シャンゼリゼのあるある言いたい。

シャンゼリゼで「お~シャンゼリゼ~」って歌いがち~♪

シャンゼリゼあるあるでした。


ヴィトン本店。

中国人しか居ないよ。爆買いなうだよ!


私はここ十数年、ヴィトンのお店には足を踏み入れていません。

ゴヤール。

東京では本当に猫も杓子も・・・だったゴヤールですが、
もうさすがにブームは過ぎてるんでしょうね。
お客さんはゼロでした。


ってか

そもそも本物を持ってる人が少ないんだよな。



東京では、本物も偽物も

持ってる人がだいぶ減ってきましたね。


ちなみに私はMOYNAT (モワナ)が好きハート

このブランド、東京では誰とも
かぶったことがありません。ww
バッグやお財布を、約4年愛用していますが、
会社はもちろん、電車や街中でも見たことない。爆
どんだけ人気ないんだっ。

あっ!
一度、とんねるずの番組の「男気じゃんけん」で
矢作がお財布として持ってた。
あの時は、ちょっと凹んだな。w

でもね。実はこちらのブランドはとっても歴史が長くて、
ゴヤールがこのデザインをパクったと言われてます。
経営が赤字になり、2011年にヴィトングループに買収されました。
ヴィトングループなら暫くは安泰ですね。

最近ではモワナと
藤原ヒロシとか
ファレル・ウィリアムスがコラボしてて
徐々に話題になり始めてますが、まだまだ流行の兆しはないです。
ま、このまま人気にならなくて良いわ。
ずっと地味に使ってたいからね。

ここいらでおやつタイムとしました。

特に調べたワケではなくて、
エクレアだったらどこのでも良かった。

スイーツ三昧。


すっごい光ってます。

このエクレア・・・
まー美味しかったことは美味しかったのですが、
中はなんとチョコでした。

もう甘いのなんのって。
思っていたエクレアじゃなかった。
やはり下調べはしておかないとダメですね。


今日のマグネットは、
エッフェル塔のご当地キャラクター(?)「ムッシュー」
のマグネット。


フランスパンを小脇に抱え、
ベレー帽なんてかぶっちゃってます。

置物とかキーホルダーとか
色んなパターンがあるみたいです。

さて、旅行記です。
オペラ座から地下鉄に乗る。


今回、このショットを撮るのは
何度目でしょうか。
完全に撮り鉄マグネットらばーちゃんです。


エッフェル塔。

晴天だとこんなにも写真が素敵になるんですね。

せっかくなので
様々な角度から撮影してみることにしました。

ちなみに昨日書いた
「オペラ座の素敵なマグネット」は
これを撮影したポイント近くの露店で販売されていました。泣

地味に毎度撮ってる、
下からのショットカメラ


そして、こちらもお決まりのギミック。

バカの一つ覚えの
「上から掴み」ver.

セーヌ川ナメのエッフェル塔。

またコレ素敵☆

銅像とエッフェル塔。

カメラマンの腕がなる!
と言いたいところだけど、これは旦那がiPhoneで撮影。

そんなこんなでランチタイムです。

ピエール・オテイザ (PIERRE OTEIZA)
バスク地方の地豚の加工品専門店です。


店内は美味しそうな匂いに包まれています。

雨宮塔子さんだかが本で紹介してたんだっけかな?

こちらの商品を一品お土産に・・・。
後日アップします。


チーズも美味しそう。
できれば買って帰りたいけど、我慢しました。


これ、お店のど真ん中にあったんだけど・・・・

試食して良いのかな?
よく分からないので、ガン見して終わり。

生ハムのサンドウィッチを2本買いました。


こんな感じに
生ハムが惜しげもなく詰め込まれてます。

すっごく美味しかった。オススメです。
でもしょっぱすぎて、後半舌がピリピリしました。

なんでも適量が良いってことですね。
でも絶対食べた方がいいと思いますー。

Pierre Oteiza
13 Rue Vignon 75008 Paris


本日はフランス パリのマグネットです。

エッフェル塔やら凱旋門やら…。
手作り感いっぱいだけど、パリの雰囲気が出てますね。

のんびりディナーを頂いた後は、
夜景を見に、ちょっとお散歩。

オペラ座(ガルニエ宮)。

歌劇場です。
恋人や観光客が、この辺りでラブラブハート
してました。

日本人男性が、バラの花束バラを彼女にあげててキモかった。
(嫉妬です、嫉妬。)

何度みてもゴージャスな造りですね。

圧倒されます。

夜のオ・プランタン。

「デパート150周年記念」
だから派手なんですね。
150年って。すごいな。

フランスならではって感じのカフェ。


地下鉄の入り口。

なんでしょうね。
ただの入り口でさえもオシャレに見える。

サントトリニテ教会 夜ver.

ローマ・カトリックの教会です。

この後、スーパーでビールを買って
部屋飲み。

ビールは圧倒的に
ドイツやチェコの方が美味しかったそう。
そりゃそうだ。

そして就寝しました。

次の日の朝、ホテルから徒歩圏内に
Maison Landemaine (メゾン ランドゥメンヌ) があったので
買いに行きました。

最近、六本木一丁目にメゾン ランドゥメンヌがオープンして
大行列してるらしいね。
クロワッサンが美味しいと有名なお店です。

店内に日本人をチラホラ見かけましたが
すっごく空いていました。

偶然にもホテルの近くにあって本当にラッキー♪
日本人のパン職人とパティシエが
2006年にパリでスタートしたお店。
パリ市内に8店舗を展開していて
”パリで最高のパン屋で賞”をもらったそうな。

やはりここはクロワッサンをオーダー。

クロワッサンにも2種類あって
どちらが定番か分からなかったので
どちらも頂くことにしました。

スウィーツも美味しそうなんですけど。

まだ早朝なので我慢!

こんな感じのラッピング。


2種類のクロワッサンとお惣菜パン。

わわわ!
クロワッサン、本当に激ウマでした。
多分、日本の店舗より美味しいんだろうな。

六本木も近いので
今度食べ比べてみることにします。

オペラ座 昼ver.

この日も快晴なり~おひさまさん
日焼けが心配になるほど、日差しが強かったですね。

実は・・・
この旅行でしょんぼりしちゃったことがありまして。

エッフェル塔の近くの露店で
オペラ座のすっごく素敵なマグネットを見つけたんですね。

パリに着いてすぐだったし、
またどこかに売ってるだろうと一度見送ったんです。

ところが、その後どこにも売ってなくて…。

で、旦那にお願いして、
もう1回その露店まで地下鉄乗り継いで、行ってもらったんですね。
すっごい面倒臭いし、時間もないのに・・・。

17時頃だったでしょうか。
そしたら、その露店だけ閉まってたんです号泣

あのオペラ座のマグネットは
検索しても出てこない。
もしかして幻だったのでは?と思うほど素敵なもので
悔しくて悔しくて。。。

マグネットの旅も、
やっぱり一期一会。
そんなこと分かってたはずなのにな。

いつかあの子を探す旅に出るのかな~。(遠い目)
ふー。
今思い出しても悔しいです。

悔しい想いを感じながら
もう一度オペラ座見てください。



オペラ座のマグネットだったら
この旅行記は完璧だったのに。。。いじいじ。


今日だけは読んだら必ずいいね!してね。元気になるから。


本日のマグネットは
フランス・パリでゲットした
ビストロをモチーフにしたもの。

人の表情とかかわいいですね~。
このマグネットは
大抵どのおみやげ屋さんにも置いてありました。
カフェver.とか、パン屋ver.とか選べましたよ。

ホテルにチェックインをして
すぐに夕食へ。まだ明るいですが19時半です。

ビストロ・ドゥ・シアター
Bistro des Deux Theatres

パリでリーズナブルにフレンチ料理の
コースが食べれるということでチョイス。

一人41ユーロで
食前酒・前菜・メイン・デザート・ブレッド
そして2人で1本のワインが付いています。

前菜とメイン、デザートはメニューが幾つかあって
そこから1品を選べました。

フランスというと
GACKTが人種差別を受けたってニュースが
記憶に新しいかと思います。
ビストロなのに、入店時、
ちょっと身構えてしまいました。

入り口付近の窓際の席に通されましたが、
ほぼ満席だったことと、
良席が一体どこなのかさっぱり分からないので
暫くしたらすっかり忘れておりました。

ところが次に来た黒人が、
私たちの隣の席に通された後、
「あっちがいい」と奥の席を希望。
やっぱりここは下座だったのね顔

Never mind...!!

ワイン。

私はワインが苦手なので飲みませんでしたが
旦那は相当美味しかったみたい。

ブレッド。

いつもここで食べ過ぎて
メインを残しちゃうので
今回は手を付けませんでした。

旦那チョイスのスターター

フォアグラMi-Cuit。
テリーヌ型のパテ。
パンにのせて食べたら
とても美味しかったそうです。

私はアボガドと蝦

メニュー名を忘れたので
素材しか書けない…汗①
こちらはビネガーが結構効いてます。
上にあるグレープフルーツがアクセントで
さっぱり頂けました。

メインはラムと牛のミックスグリル。

手前の添え物がじゃがいもなのですが
これがとにかく美味しかった!

マッシュポテトにバターを大量に入れ
オーブンで焼いたって感じの料理。
これだけまた食べたい。

ラムは結構臭くて、残しちゃいました。

でもフランス料理はやっぱり美しいですね。

そしてデザートは
クリームブリュレがFIRE炎炎炎の状態でやってきました。

おおーー。
こげたところが美味しそう。

さっそく頂いてみました。

うーん。クリームブリュレというより完全にプリン。
私はプリンが苦手なので申し訳ないけど残しちゃった。
パステルの『なめらかプリン』みたいに
とろっとろのは美味しく頂けるのだけど
固まっちゃうととたんに食べれなくなる…。

結局、入店から約2時間以上かかり食事を終えました。
外はすっかり暗くなってましたよ。

この金額で頂けるフレンチとしては
満足度は高いと思いました。

私の結論!
やっぱりフランス料理は向いてない。

オーダー取りに来るのも遅いし、
料理持ってくるのものんびりだし、
そこまで美味しいと思わないし、
フランス人、ジロジロ見てくるし、
人種差別に過敏になっちゃうし、
全然落ち着きません汗2

でもね。ヨーロッパでは
「うちのレストランでゆっくりしてください」
というおもてなしの一環で
オーダーもサーブも遅いんですね。

日本のように早いのは逆にバッドサービス。

分かっちゃいるけど、せっかちには
やっぱり向いてないんだなと思います。

帰りはちょっとお散歩しながら帰りま~す。


本日のマグネットは
フランスはパリで購入したもの。

「A」の文字がエッフェル塔になってて
中々かわいいですね。

今日は今回の旅行のスケジュールを
どう立てたか・・・
についてお話したいと思います。

今回の旅のスケジュールは下記の通り。
日目: 深夜羽田発 エールフランスでパリへ
日目: 早朝パリ着→LCCでプラハへ
日目: プラハ一日観光
日目: 早朝プラハ発→ベルリン経由→クラクフ
日目: クラクフ一日観光
日目: クラクフ→パリへ  ←イマココ
日目: 深夜パリ発
日目: 羽田着

3月下旬、HISで
【羽田⇔パリ エールフランス直行便10万円
を見つけ、前のめりでポチっとな3104

「GWにこの安さ!」と大騒ぎしたのですが、
実際はこの1か月後、同じ条件で
9万円台が出てズコーバサッってなりました。w

さて、パリ行きは決まった!
5月3日(日)から10日(日)の8日間、
どこに行こう飛行機そして何をしよう!?

まずは、いつも夫婦の会話で出てた
「行きたい場所」を軸に
選択肢を作ってみました。

プランAは、
パリからモンサンミッシェルモンサンミッシェル
そしてスペイン(バルセロナ)に飛んで
またパリに戻る。

プランb
パリからプラハへ、
そして、クラクフ(アウシュビッツ)へ行って
パリに戻る。

この2つで随分迷いました。
スペインは、ここ数年私が「行きたい」と言い続けた場所。

そして、アウシュビッツは今年戦後70年ということで
よくこのワードを耳にするようになり
常に気になっていた場所でした。

色々考えた挙句、
やっぱりアウシュビッツには
「今、行っておきたい場所だ」と思って、
基本はプランbに決定!

プラハからクラクフには
エアは飛んでいないため、
当初、夜間の寝台列車24系トワイライトエクスプレスで目指すつもりでいました。

ところが、
寝台列車は危険だという情報ばかり
目についてしまいました。
寝ているところに窃盗団海賊が催眠スプレーをまき散らし
貴重品を根こそぎ持っていく…とか。

実際は、多分大丈夫なんだろうけど
ここは安全優先にしようということに。

プラハからの電車は、
安全なベルリン行きに変更したというわけです。

ふなっしーパリ→プラハ→ベルリン→クラクフふなっしー

ベルリンからクラクフまでは
LCCが飛んでるので移動はスムーズ。

そしてクラクフからパリに戻ります。
ふなっしーパリ→プラハ→ベルリン→クラクフ→パリふなっしー
そんな感じでこの旅は決まりました。

●予算(1人分 / 税・サーチャージ込)
【交通費】
羽田⇔パリ 100,000円
パリ→プラハ 15,266円
プラハ→ベルリン 3,852円
ベルリン→クラクフ 13,570円
クラクフ→パリ 17,934円
---------------------------------
合計   150,622円

【ホテル】
チェコ(2泊) 10,379円
クラクフ(2泊) 7,757円
パリ(1泊) 6,252円
--------------------------------
合計  24,388円
※ツインの場合の1人分

よって今回の旅、
一人 175,010円也円
安いと思うか、高いと思うかはあなた次第手2

ちなみに予約はぜ~んぶ違うサイトで購入してます。
丸羽田⇔パリ エールフランスやじるしHIS
丸パリ→プラハやじるしtripsta
丸プラハ→ベルリンやじるしbahn (鉄道会社直接)
丸ベルリン→クラクフやじるしExpedia
丸クラクフ→パリやじるしEasy Jet(LCC会社直接)

丸チェコホテルやじるしBooking.com
丸クラクフホテルやじるしAMOMA.com
丸パリホテルやじるしHotel Club

なので
「どのサイトで探していますか?」
というご質問には
良いアドバイスはできないです。汗
とにかく片っ端から調べて
その時に一番の最安値を予約しているという感じ。
利用したこともなく、無名な代理店だとしたら
信用できるサイトか、併せて調べるようにしています。

あとは中谷さんのガイドは1人3,500円でした。
※ちなみに4人が参加した場合のお値段です。
一緒に周る人数が多ければ多いほど
割り勘になるのでこの金額は下がります。

今、こうして振り返ってみると
クラクフのあのホテル1泊3,878円だったのね。安い!

さてさて。
旅行記に戻りましょう。

クラクフからパリに無事到着~。


バゲッジクレームで更に傷だらけになった
リモワちゃんに再会。

もうどうでもよろし。

ホテルまではバスで行きました。

ATNホテル。

オペラ座から徒歩圏内の便利なホテルです。


ロビー前にあるバー(カフェ?)

シャレオツ。

ここに人が居るのを見かけたことがなかったな。


ホテルの中庭。喫煙スペースです。

スモーカー(旦那)は
頭に喫煙スペースレーダーが付いてる!

そしてお部屋です。

こじんまりとしていますが
清潔感があるし
家具もかわいいので合格です。

リクエスト通り、
ちゃんとツインでした。

私はネットでホテル予約した後、
直接ホテルに「絶対ツインにしてね!」と
お願いメールしておきます。
怖いので、ホテルからの「OK!」というメールも
印刷して持って行ってます。

「そこまで嫌がる?」って言われますが
旦那は184cmの図体で、
しかも寝相が悪いので
ツインじゃなきゃ無理っす。

バスルーム。

こんな妖艶な色をしてたっけね。

コンパクトにまとまってます。


チェコやポーランドのホテルにはなかった
ボディソープやシャンプー。

ヨーロッパでは
あるのが普通って思っちゃダメですね。
※ツアーで予約している方は
旅行会社がホテルにリクエストを出してるので
大抵用意があるそうですが。

バスタブ。

一泊一人6000円ちょっとなのに
パスタブがあったよ。
すごいね~
(湯船にはつからないけど)

この後ディナータイムです。

本日のマグネットは
ポーランドのクラクフのものです。

こういう長細い建物が多かったですね。

アウシュビッツから街に戻ってきました。
18時頃になっていたので夕食を。

スマコウィキ(Smakolyki)。
お手頃で美味しいレストランだそうです。

店内は中々オシャレでした。


カフェっぽいですね。

ポーランドの学生らしき人たちがいたので
地元民にも愛されてるレストランなのかな?

旦那はもちろんビール。

この旅のビールコレクションができそうだ。

ロールキャベツとジュレック(スープ)

ジュレックってポーランドでは
お味噌汁みたいな存在。
どちらも結構美味しかったです。
特にここのジュレックはオススメです。

ポテトのパンケーキなど
人気メニューはことごとく売り切れって…。
そんなことばっかりだな。

この2品だけ頂いて、さくっとお店を出ちゃいました。
でもお財布に優しくて
中々美味しかったのでオススメです。

その後、タンスカフェにピットイン。

カフェ・シャフェ (Cafe Szafe)
奇抜なエントランス!
なんだか入店するのに躊躇しちゃう。w

中はもっとすごいことになってました。

目がチカチカします。

タンスの中に座ることができるようになってますが、
座り心地は悪かった。

店内は薄暗いので
こんなキッチュな世界でもちょっと落ち着く。爆

こちらはカウンター。

カウンターでオーダーするシステムになってます。

スタッフは外でタバコ吸ってました。

何から何までアナーキー。

カシスジュースとレモンケーキ。

ガイドブックに載ってたので
頼んでみましたが
脳天直撃する甘さで半分も食べられなかった。
カシスジュースもまた同様に…。

そして就寝。

次の日。
クラクフ最終日です。

フライトまでまだ時間があったので
最後のお買い物タイム。

またまた天候に恵まれました。
最近の旅行では珍しいな。

街中が美術館みたいになってます。素敵☆

絵になるな~。

路地も素敵です。


ポーランドの食器屋さんへ。


ここでボールとスプーンをゲットしました。

日本まで割れませんように!!
おみやげ編は最後にまとめて紹介します。

最後に屋台でobwarzankiを買い食い。

な、なんて読むんだ?
オ、オブヴァジャネク??

ごまにしてみました。

なんだろ。ベーグルみたいな?

1個50円なら合格ですね。
小腹すいたらとりあえず
お腹に入れとくのもアリです。

そして空港に向かいます。
まずはバス停で切符を購入。


バスの中で打刻します。


切符がこちら。


空港に到着~♪

かなり小さな空港。
最後に軽くランチを食べました。

さよなら、クラクフ。

多分、もうここに来ることはないだろうな。
(悪い意味じゃなくて…)

ゲート前は激混みでした。

座るところもありません。

あんまり暇なのでお土産買っちゃいました。

ちなみにマグネットもあってゲット。
(この頃はリミッターが外れて買いまくり)

そしてついにフライトタイム。

ここのところ、ディレイばっかりだったので
オンタイムは久々だった気がする。

Easy Jetでパリへ一旦戻ります。

アウシュビッツの旅行記で
燃え尽き症候群になっちゃって
今回の日記はかなりあっさり塩味。

ま、メリハリってことで許してちょんまげ。

また明日~♪


本日のマグネットはポーランドはクラクフのものです。

織物会館(Sukiennice)のデザイン。

アウシュヴィッツ強制収容所のあとは
ビルケナウ強制収容所(第二強制収容所)に向かいます。

3キロ離れているため、無料シャトルで移動。

こちらは帰りに撮影したものなので
アウシュビッツ行きだけど。

1941年10月、ブジェジンカ村に
被収容者増を補うため、
「第二強制収容所ビルケナウ」が開所。

東京ドーム約37個分の広さで、
300以上の施設がありました。
ピーク時の1944年には90,000人が収容。

唐沢verの『白い巨塔』のロケ地。

映画『シンドラーのリスト』は
この門の外側にセットを組んだのだそうです。

死の門。




妖怪が人間を吸い込む口のように見える…。


ヨーロッパ各地からユダヤ人を
収容所まで乗せてきた貨車。

この中に何十人ものユダヤ人が詰め込まれ
ビルケナウに連れてこられました。

窓もない、水も与えられないこの状況で
何日も走っていたために
死者がでることもあった、と。


ビルケナウの降車場(ランペ)で行われた死の選別。

貨物列車からおろされるとまず男女に分けられます。

そこにドイツ人医師(黄色い丸)が顔色を確かめながら
「右へ行け」
「左へ行け」・・・と指図。

どちらかがゲットーで
どちらかが「シャワー」と称したガス室行き。

労働力として選ばれたのは到着した人のわずか25%で
残りの7割は降車直後に、殺されました。

これが『死の選別』です。

まさに上記の写真の場所。

反対側から撮影してしまったので
建物が写っていませんが
写真通りの風景でした。

そして第二クレマトリウム残骸

ガス室と焼却炉。

終戦後、ドイツ軍が撤退の際、
証拠隠滅のために破壊しました。


撤退まで時間もなかったし、
ドイツの建築技術の高さがあだとなり、
完全に破壊することはできませんでした。

おそらくここが「シャワー室」と称した
ガス室だったところ。

シャワーの蛇口までつけて
被収容者に信じ込ませようとしていました。

中谷さんいはく
「シャワーを浴びるということに関しては
信じていた人もいれば、
噂で殺される事実を知っていた人もいただろう」

とのことでした。

知っていた人たちの恐怖は計り知れません。

当時300棟あったバラック。
ほぼ完璧な形で残っているのは
45棟のレンガ造り、22棟の木造の囚人棟のみです。


本当に広大な敷地なので
草刈りはじめ、メンテナンスが非常に大変だそうです。

ちなみに
アウシュヴィッツ強制収容所跡地に関する法律があり
「ヒトラー収容所」とその建築物及び設備は
当時のまま保存されなければならないという規定があります。

犠牲者のお墓でもあるこの負の遺産を守ろうと
各国から多くのボランティアが参加。
ドイツ人の若者も多く協力しています。

現存しているバラックの中を一部見学。


こちらはベッドです。


この粗末な造りの一段に、
5~7名が寝ていました。


マットなんて当然なくて、
藁をひいてくれていれば良い方だったそうです。

ポーランドの冬は
マイナス20℃になる日もあります。
暖房なんてほぼ無いような状態です。
凍死する人も少なくありませんでした。

こちらはなんとトイレ。

ぼっとん便所。

1日2回、決められた時間にしか
トイレに行くことを許されていませんでした。

1回数秒で済ませないといけないルール。

どれだけ劣悪な環境、状況だったかが分かります。


小さい頃、読んだ『アンネの日記』。
アンネフランクが収容されたのは
このビルケナウでした。



この場所で、父親とは今生の別れとなりました。
アンネは労働可能とされ死は免れましたが
2ヶ月後、ドイツのベルゲン・ベルゼン強制収容所へ送られ
数カ月後に、チフスにかかって亡くなってしまったそうです。



罪もない人々が
意味もなく殺されていく。

なんという惨劇・・・。

でも中谷さんはおっしゃいました。

「アウシュビッツの悲惨さばかりが際立って
ドイツ人の残虐さに焦点をあてがちだが
原爆や銃殺で殺された人、
それも同じ被害者です。」

中谷さんの言葉を受けて、
アウシュビッツの存在意義は
その残酷さを知ることだけではなく
もっと人間の根本的な・・・本質的な部分を
今の社会と結びつけて考えなければいけないのだ
と私なりに解釈しました。



中谷さん:「ナチスが冷酷な人間の集まりだったかというと
実はそうではなく、
家に帰れば普通のお父さんでした。

最大の教訓はそうしたシステムにおかれたら
人間はいとも簡単に変わってしまう。
人間を人間と思わなくなる。」




なぜ、ユダヤ人がターゲットになったか。

ドイツは第一次世界大戦の敗北後、
多額の賠償金などで
財政が悪化していました。
ヒトラーは崩壊の責任を全てユダヤ人に転嫁し
国民もまたそれに徐々に賛同していきました。

中谷さん:「想像してみてください。
産業的にも文化的にも成熟し、
民主政治を行っていたドイツという国で、
なぜこのような虐殺が行われたか。

ヒトラーは邪悪で異常な独裁者のイメージが強いですが
彼もまた民主的な選挙によって国民に選ばれたということ。
そして、ナチス軍は国際的に公表していたので、
世界中の人がこの事実を知っていながら
見て見ぬふりをしていたということ。」



アウシュビッツも国家的とはいえ、
どこにでもいるような普通の人間たちが望んだ
イデオロギーの産物なんだな。

そして、
ナチスもそうだけど、収容者間でも存在したヒエラルキー。
現代社会でも、どこにでも起きてる。
全く他人事ではない。

「自分たちの生活を守るためには必要なこと」と
思い込んでしまったら、人は「悪」に翻ってしまう。
私だって・・・、これを読んでるあなただって。



史実を知ることの重要性を
この年になって初めて実感。

中谷さんは
ご自分の意見を一切押し付けることなく
常に、
私たちが自身で考えねばならない課題を投げかけてくださいました。

アウシュヴィッツ+ビルケナウへの訪問者は
年々増えていて、
2014年は153万人と過去最高となりました。

ヨーロッパでは人権や命というテーマだけでなく、
経済発展の障害となる人種差別に
対処する学びの場として
アウシュヴィッツを見学しにくるそうです。

そしてドイツ人も多く訪れるのだとか。
そう言えば、ベルリンの一等地に
ユダヤ人の慰霊碑を作っていたのもまたドイツ人でしたね。

二度と同じ過ちを繰り返さないよう
彼らは過去に向き合っています。

私は
「日本人が加害者だった」
という目線で
戦争を考えたことはある?

例えば、隣国の問題。
慰安婦やA級戦犯などもそうだけど。
どっかで他人事のように見ていなかったか。
ちゃんと向き合ったことがあったかな?

アウシュビッツとビルケナウ見学。
私には本当に意味のあるものでした。

最後に中谷さんは言いました。
「日本の若い人たちにもっと見に来て欲しいと思っています。
二度と同じ過ちを繰り返さないために。」


収容者の方々の犠牲に意味があるものとするために
私たちは事実と向き合って
前に進んでいかねばならないと強く思いました。


本日のマグネットです。

ポーランドのクラクフで購入した
ユダヤ教徒のマグネット。

今回の旅の最大の目的。
それはタイトルにもあるように
アウシュビッツ強制収容所へ行くこと。

第二次世界大戦中に、ドイツが
人種差別的な抑圧政策のために多くの犠牲者を出した
最大級の惨劇が生まれたとされる強制収容所です。
負の世界遺産。

東京⇔パリのエアチケットを予約した後、
いの一番にアウシュビッツ公認で唯一の日本人ガイド、
中谷剛さんにメールをしました。

テレビや雑誌、ネット媒体にも度々出ていらっしゃる方です。

直接のメールのやり取りで
幸運にもこちらの希望日に
私たちのガイドをしてくださることになりました。

中谷さんがNGだったら行き先が変わっていたかもしれません。

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本日の旅行記には
一部、衝撃的な画像も含まれていますので
閲覧注意とさせて頂きます。
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クラクフ市内からアウシュビッツまでバスで移動。
約1時間半ほどの道のりです。

到着し、とりあえず軽くランチを取っておきました。
周辺には、小さなスナックバーと
レストランが1店舗しかありません。


待ちあわせ時間の13時50分に
入口付近で中谷さんの姿を見つけました。

もう1組も参加したので
中谷さん含め計5名で周ります。

まずは厳重なセキュリティーゲートを通る。
バッグのサイズに関しては本当に厳しく、
A4サイズの紙をバッグにあてて確認されます。
※A4サイズ以上は預けなければなりません。

いよいよ中へ。

ARBEIT MACHT FREI
「労働は自由への道」


強制収容所のスローガンとして用いていましたが、
実際は、自由になるどころか
毎日11時間、夏季はそれ以上、
死ぬまで働かされたのでした。

ARBEITの「B」が反転しているのは
被収容者のせめてもの抵抗と言われているそうです。


全てカラーとモノクロで撮影。

被収容者の音楽家に演奏させ
行進の列を乱さないようにコントロール。

入り口周辺にユダヤ人が
当時を思い出して描いたとされる絵(の写真)がありました。

どれだけ過酷だったかを
物語っています。

被収容者の収容棟は
本人たちが建てたもの。


赤レンガは1つずつ積み上げたものだそうです。
建築作業は強制労働の中でも最も厳しいものの1つで
1ヶ月~3ヶ月でほとんどの人が命を落としました。


なぜポーランドだったのか?

戦前にポーランド陸軍の宿営地があった

ここの原野が最適だと考えられました。

更に、鉄道輸送のジャンクションであり

既に通信網も整っていたから。


被収容者が植えたポプラの木が残っているところもあります。
戦後70年、こんなに高く、高く成長。


一部建物の中に入ることができます。
ここからはその展示物です。


犠牲者の数が記載されていました。

1940年から45年に、少なくとも130万人の犠牲者。
・110万人のユダヤ人
・14万~15万のポーランド人
・23000人のジブシー

被収容者の服。


収容者は体に番号を彫られました。


没収されたカバン。

赤レンガは1つずつ積み上げたものだそうです。

アウシュビッツに到着した際、
持ち物は全て没収されるのですが、
「後で自分のモノと分かるように」
と名前を書かせました。

実際は「殺されることを悟られないように。」
二度と手元に戻ることはありませんでした。

遺留品の靴。

赤レンガは1つずつ積み上げたものだそうです。

女の子のものでしょうか。
小さな赤い靴がありました。

メガネ。


そして義肢・義足までも回収されたんですね。

こんな屈辱・・・本当にひどすぎます。

希望を捨てないために持ってきた食器。

「安住の地を与える」と言われて
たいていが全財産を持ってきていたのだそう。

どんな気持ちだったのか。
私には想像がつきません・・・。

収容所に到着した時の
ユダヤ人の怯えた顔。


チクロンBの容器。

赤レンガは1つずつ積み上げたものだそうです。


この使われ方は後程。


犠牲者の方々の写真。


収容された日付と亡くなった日付が
記載されていました。

女性は髪の毛を剃られています。

そして、これはその髪の毛です。

髪の毛は撮影禁止エリアにあります。
この写真はお借りしたものです。

髪の毛を布に編み込み生産していました。


髪の毛だけではなく、金歯など
使える物は全て剥ぎ取り
金物として加工し、
市場に出して、その利益は国家資金にしました。


死を量産していた・・・ということです。

建物の周りには有刺鉄線が張り巡らされていて
高圧電流を流し、脱走を防いでいました。


自ら身を投げて自殺を図る人も…。

それだけ、この中が地獄だったということです。

監視塔の前には、止まれの看板

そのドクロのサインの先に入ると
棟から銃殺されたそうです。

この時の後ろの雲が、本当に怖かった。

このガラス窓から容赦なく射殺したそうです。

中庭にある死の壁。

多くの人が銃殺された場所。
一番小さな犠牲者は9歳のポーランド人。
ただドイツ人の子どもと遊ぼうとしただけで射殺されました。

この壁には弾痕が残っています。

ここで亡くなった方々は3千人から1万人と言われていて、
今でも献花が絶えないそうです。

両側の収容棟には目隠しの窓枠が。

他の収容者には知られないように
処刑に使った銃には消音装置をつけていたとか。

ホロコーストが行われた
ガス室と焼却炉。

建物は壊されてしまったのですが、
当時の設計図に基づいて復元されたもの。

金属製部品はオリジナルだそうです。

ガス室。

収容者には
「シャワーを浴びる」
と嘘をつき、裸にさせ
このガス室へ誘導しました。

この天井には小さなが穴があいています。

この穴から、先ほどの展示室にあった
チクロンBの缶を投げ入れます。
チクロンBは殺虫剤として登録されていますが、毒ガスです。

一度に数百名の人が詰め込まれ、
外から鍵をかけられ、
そして虐殺されました。

床から立ち上るガスから逃れるために
この穴に向かって上へ上へ
人々の遺体は山のような形になっていたそうです。

その遺体を被収容者がはぎとり、
すぐ横にある火葬場で焼きます。

何もかもが効率的すぎて言葉になりません。

指令を出すのはナチスですが、
実際に手を汚すのは、被収容者本人たち。

収容者たちにはそれぞれ役割があり
死体搬出するSS衛星隊員(特命労働隊ゾンダーコマンド)などは
食事や住まいも優遇される人もいたそうです。

精神的な満足感を与え、
暴動が起こることを抑止していたんですね。

全てがシステマチックだったわけです。
ナチスは全て綿密に計画し実行していたのでしょうね。

ルドルフ・ヘス(初代司令官)の処刑台。


第二次世界大戦中にアウシュヴィッツ強制収容所の所長だった人。
ドイツ敗戦後、戦犯として絞首刑になりました。

この後はビルケナウ強制収容所(第二収容所)へ。

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